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やはり

やっぱり思うのだが、過去を振り返り文章にしてみても、結論現実は変わらないのであるのだが、心の持ちようは全く違う。たった23年間であるが、23年しか生きていないということもあるのかどうかはわからないが自身の脳だけで物事を考察し、結論付けるのには限界があるのだ。

現実とは変えられない事柄のことを主に指すが、時に残酷なもので人はそれぞれの主観で、その時々の感情を一つ一つ処理していく。怒りならば、そのエネルギーを内面もしくは外部に排出するだろうし、喜びならば、それこそ人々との共感を望む場合もあるだろう。すべての感情には、その感情が原動力となって、行動に起こされるわけだ。

しかし漠然と、何が原因で怒りなのか、何が原因が悲しいのかは全くわからないときはどうだろう。その負のエネルギーは、どこにもぶつけられず、ただ内部で蓄積されていく。しかし、それが原動力になり、誰かに助けを求めるのだが、原因がわからないと説得力にかけ、他者はその負の感情に否定的である場合が多い。何故なら、その人が負の感情を目の当たりにするときには、必ず明確な原因が存在しているからである。よって、原因がわからない場合の負の感情に対して、総合的な評価で「甘え」と認定される場合が多いわけである。もちろん、一般的な人の場合だが。

 

その総合的な評価を真摯に受け止めることを、正として、過去の「甘え」ていた自分に見切りをつけて、再スタートを切っていくことが、既に私にとって過ちの第一歩だったのだ。段々と自分という存在、自分の意志に対して全否定することが、人生の正となっていく。